鎌 鍛工記念碑除幕式
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弊社のはじまりは稲刈り用の鋸鎌の下請け製造が発端です。
今は亡き、私の祖父である田中正二が考案し、前社長である父の田中逸雄が
生産を合理化し、発展していきました。
今日、彫刻刀の製造とここまで会社が発展してきたのも
その影響をかなり受けています。
鍛工碑の碑文について
この土地において森本幸右衛門、
茶屋文兵衛のふたりで鎌・剃刀鍛冶を起こされ、
時は今から約200年前の文化年間の1804年から1818年で
江戸幕府 徳川11代将軍徳川家斉の時代が発端です。
両氏はこの技を習得すれば一家の繁栄に、
また村の利益が広がるということで技術の伝承に
力を注がれ石野村の発展に寄与されここに遺功を表彰し、
明治34年に鎌鍛工碑が建立されました。
約10年前から石碑の傍にある大木の根の影響により石碑にひび割れが生じ、
その亀裂が年々大きくなり、現在は石碑下の基礎コンクリートでなんとか立っているものの、
いずれ記念碑が崩落する恐れがある状況となったのを不憫におもった
弊社会長が世話人となり、行政機関に働きかけ、
今回の修復と移転をすることができました。
どうせならマスコミ各社もお呼びして先人が残した功績を多くの方に広め
「鎌」事業に従事している我々の心のよりどころにしたいという思いも
こめてこのような鍛工碑の除幕入魂式の開催となりました。

前日の準備の様子
関係企業11社によって開催する手作りの除幕式

テレビ取材の様子


弊社会長は世話役人として、マスコミからの取材を受けました。
弊社スタッフも記録撮影などで協力

石野地区の繁栄を半世紀以上に渡り、見守ってきた
ご婦人の方々も駆けつけてくれました。

供養をしていただいた住職

今回の除幕式に至った経緯を一生懸命説明する会長

それこそ昔はSLも走り、生産した鎌を全国にひろめる
出発点となった石野駅。
惜しくも数年前にレールバスが廃止されてしまいましたが
この駅舎に記念碑を移設
サンテレビで当日放送(限定公開)
JCOMのデイリーニュースでも取り上げられました(限定公開)

神戸新聞(三木版)でも掲載いただきました。
我々がこうして地元で事業ができるのも先人の苦労とその功績があったからこそ。
先祖を称えると同時に、我々は時流を読み、工夫しながら商売を続けていくことが
地元の繁栄にもつながるということを改めて認識する機会となりました。
道刃物工業株式会社
代表取締役 田中 悟
