三木の刃物の歴史

2019-10-11

三木市はなぜ刃物の産地として栄えたのか?という問い合わせを
お客様から聞くことがあります。それぞれ言い伝えもあるのですが
以下を参照ください。
長文ですのであらかじめご容赦を・・・。


1)技術交流からの始まり

むかし、神功皇后が朝鮮半島に遠征、百済(くだら)の国を助け、
新羅(しらぎ)と戦ったという話があります。
これにまつわる話が地方にも多く、三木市も例外ではありません。
神功皇后が遠征の途中、三木の“君が峰”あたりで一服された時、
土地の人たちが壺に入れたお酒をさし上げました。お酒を召し上った
皇后が大変おほめになったので酒壺(みき)と呼ばれるようになり、
これが三木の地名になったというのです。

また、戦さのあと、多くの韓人を連れ帰られ三木に住み着き
鍛冶を行なったのが、金物の町としてのはじまりだという言い伝えです。

また播磨地方は大昔に、大和民族と出雲民族の交流の接点であったので、
天目一箇命(あめのまひとつのみこと)は播磨に住まれて
大和鍛治の祖神となり、製鉄の祖金山彦命(かなやまひこのみこと)も
播磨の国に天降られたあと、出雲に移られたという伝承もあります。
播磨地方は古くから製鉄や鍛冶が盛んであったから、このような話が
言い伝わったと思われます。

歴史によりますと、百済の聖明王の王子恵とともに、帰化された人たちによって
大和鍛冶に韓鍛冶のすばらしい技術が加わり、鍛冶のまち三木の基礎ができ上った
ということです。


2)三木城と豊臣秀吉

鍛冶とともに大工職人の技術もすぐれ、日原大工と呼ばれるこの地方の大工さんは
奈良朝、平安朝の時代から国宝級の建造物を手がけていますが
一方三木地方にも立派な寺院が多く建立されました。
ところが残念なことに、戦国乱世の時代に豊臣秀吉が三木城攻めでこれらの寺も
古い街並みも、文化の足跡を焼き払ってしまったようです。

でも秀吉は、それ以後の三木のために大きな功績を残しそれが新しい三木づくりの原点となり、金物のまち三木は、この時から本格的に培われてきたとも言えます。

別所長治の三木城を攻め落した秀吉は当初、この地に根をおろす考えで
免税の制札を辻々に掲げたため、人々は再び町に帰り復興が目ざましく
進展しました。

焼けてしまった寺や家屋の復旧のため各地から大工職人が集まり、
彼等に必要な大工道具をつくる鍛冶職人が増え、これが現在の発展につながる
足がかりとなったのです。


3)伝統をうけつぐ

こうして鍛冶が発展すると出稼ぎの大工だけに頼っていては
販売が追いつきません。
宝暦年間(1751~1764)には、材料の仕入れと製品の販売に当たる
仲買人が生まれたのです。
この頃は原料の一部を大阪から仕入れる仲間もあって、代価を製品と相殺するか、材料を仲買人が鍛冶屋に与えて手間賃が支払われる形式がとられました。

仲買人はやがて大きくなって仲買問屋へと発展しますが、
寛政4年(1792)の仲間定法控によりますと「作屋」など5軒が仲買仲間を結成、大工道具、家庭刃物、野道具などを取扱っています。

これに対して鍛冶職人の方でも鋸や剃刃などの職人が、稲荷講や文殊講の名で
仲間を組織、同業の保護につとめています。

三木金物は、はじめ大阪の商人によって発達、大阪を中心とした地域を
市場にして来ましたが、享和3年(1803)に江戸の炭屋七右衛門
(現在も金物商社)から引合いがあり、翌4年から取引きが始まっています。
こうして江戸との直接取引が始まると、仲買人は急速に資本を蓄わえ、
これまで優位にあった鍛冶仲間を支配系列下に組入れて行くことになりました。
これがその後の生産流通の基本形態となったわけです。


4)現代へ

日本の夜明け、明治維新によって江戸時代の鍛治仲間の封建的諸制度は次第に
崩れはじめ、近代資本主義社会の産業形態に足を踏み入れた頃、
三木金物に大きな変革をもたらしたのは明治13年頃から輸入されだした洋鉄、
洋鋼が使用されはじめ製造工程の合理化で量産が可能となったからです。
東京、大阪の金物仲買問屋だけではさばききれず直接各地方へ出張販売することになりますが、
交通機関の発達と輸送力の増大が大きくプラスし、今日の三木金物の全国的な
販売網をつくる基礎になりました。

大正末期から昭和初期にかけての経済恐荒も、それを克服するための
不断の努力が重ねられ、ベルトハンマーやエアーハンマー、グラインダーなど
使用の近代化工場も増えはじめ、販売面でも満州事変以後は、朝鮮、満州、
中国大陸から東南アジア市場への進出が行われました。
あの太平洋戦争の終戦とともに荒廃した国土の復興がはじまり、
大工道具の需要が急増しました。

全国の小売店が三木に殺到するという異常さで、この勢いに乗り、
有力メーカーは大規模工場に発展、地元の問屋を組織して
代理店販売の形式を採用すると共に、直接大阪、名古屋、東京の集散地問屋に
進出しはじめました。

一方戦前の3倍以上にも増えた地元問屋も、それぞれの販売組織を確立して
新しい経済秩序をつくり、全三木金物卸商協同組合がつくられました。

戦後の新しい特徴は、電動工具の発達と新建築様式に対応する新建材用具、
さらに基幹産業面ではスパナーなど工具、耕運機、バインダー刃等の農具、
山林伐採用ジグソーなどにも進出、また生活様式の変化による家庭大工、
園芸用具の新開発です。ホームセンターや大型量販店の誕生によって
驚異的な伸びをみせ、現在では日本のみならず、海外からの注目度も高く、
メイドイン三木の刃物をさらに大きな市場にまで成長しております。

 


参考文献

三木金物資料館より
木工道具(鋸・鑿・鉋・鏝・小刀)を収集し、保存・展示しており、
ビデオコーナーでは金物に関する動画をご覧になることができます。

所在地:〒673-0432 兵庫県三木市上の丸町5番地43号
TEL:0794-83-1780 FAX:0794-83-1780
開館/午前10:00~午後5:00
休館/月曜日(月曜日が祝日の場合その翌日休館)、
年末年始(12月29日~1月3日) 入塲料 無料
※三木市立金物資料館についてはこちら

 


てん刻の新しい転写方法「ポスカ転写」

2019-9-12

てん刻を作る際にまず難関となるのが【転写】。
古くは朱墨と黒墨を使用した方法や(参照→
インクジェットプリンターと黄色マジックを使った方法、
印泥を塗ってちょっと拭く方法などありましたが(どれもここでは割愛。。。)
それぞれに短所がありその方法も、正直いまいち。

しかし、そんなてん刻転写問題を解決する
新しい転写方法を、作家の白山たえさん(しろたえさん)が発見。
画期的なのでご紹介いたします。


主役は「ポスカ(POSCA)」というペンです。
表面を均した石にポスカを塗ると、皮膜となり
トレペに書いた鉛筆の線が写りやすくなります。
感覚はそう、消しゴムはんこ。
カーボン紙もいらず、思い描いた図案をそのまま転写出来ます。
写して薄かったら鉛筆でそのまま直せます。
図案作成から彫りまでのスピードがかなり短縮出来ます。

動画も作成しました。ご覧ください。

快適な転写方法でてん刻をよりお楽しみください!


木のカトラリー制作に挑戦!

2019-2-25

木彫の入り口としてオススメなのが、木のカトラリー制作です。
カトラリーとは食卓用のスプーン、ナイフ、フォークなどのことで
実用性が高く、また形状的にも曲線が多いため彫刻の基礎を学ぶのに最適です。

今回は弊社刃物をいろいろ使ってカトラリーの中でも一番よく使われる
スプーン制作手順をご紹介したいと思います!

【木彫の基本 木の目って何?】
まず始める前に、木彫の基本である「木の目の方向」の話を少し。
木の目には方向があり、クルクルと心地よく彫れる方向が順目(ならいめ)、
食い込んでしまってバサバサになってしまう方向が逆目(さかめ)といいます。

ナイフを使って行う鉛筆削り、みなさん自然と鉛筆の中心に向かって
刃を入れると思いますが、あれが順目で木を削っていることになります。


みなさんがいつもやっている鉛筆削り。
くるくると気持ちよく切りくずが出ます。

逆に、鉛筆の中心近くに刃を入れてから引くように鉛筆を削ったら、
刃が木部に食い込んで割れちゃいますよね。これが逆目です。


誰もやらない削り方。
このままいくと、割れますね。。。危ないのでマネしないでください。

図で表すとこんな感じ。

以上のように、鉛筆削りは木彫の基本。
大変理にかなった彫り方なのです!

木の目の方向は、鉛筆のような形状だと単純(中心に向かって彫る方向)ですが
形状によってコロコロと変わるので、削りくずがクルクルと心地よく彫れるか
常に木のご機嫌を伺いながら彫るのが、木彫の醍醐味です。

【材料】
今回はヒノキを使って作っていきます。
彫りやすい固さで匂いもよく、彫ってるだけで癒されます。

材料はこのようにあらかじめ木取り(不要なところを排除すること)された
加工材を使用していきます。


板厚1㎝ほどの角材から上のように鋸で切り出しました。


お好きな形に下書きを入れておきましょう。

【彫刻1 頭を丸める】
まずは頭の形を整えます。
木端(こば)から刃を入れた方が、木目に対して刃が平行に入るので彫りやすいです。
逆に木口(こぐち)だと木目に対して垂直に刃が入るので硬くて彫りづらいです。
木端からの彫りを増やし、木口の彫る部分はなるべく少なくするのが
効率の良い彫刻のポイントです。


順目だと割れづらく、逆だと割れやすくなります。


(拡大してご覧ください)

平刀をグーで握って使うと力が逃げないので効率がいいです。
作業台の上にコルク板などを敷くと、刃を傷めにくくなります。

輪郭が彫れたらカービングナイフ(もしくは印刀)で
さじ部分の外側の丸みを彫っていきます。
初めはサイドから彫り、かまぼこ型にしてから
全体を丸くするといいです。


木の目によっては手前に彫ることも。
ケガ防止のためにケブラー手袋をはめています。

かまぼこ型になったら全体を丸めていきます。

平刀も駆使すると効率が良くなります。

【彫刻2 柄を削る】
柄を削って好きな形に整えていきます。
持ち手部分はまっすぐなので、逆目にならないように気を付けながら
四角いところを丸くしていきます。


まず下書きを入れます。


割れないように初めにを入れます。


木の目に逆らわないように平刀を入れていきます。


反対側も平刀で。


首部分まで彫れたらカービングナイフに持ち替えます。


右利きの人はここで印刀左を使うとくびれ部分に食い込まないので便利!


カービングナイフで流れるように柄を整えます。
持ち手部分の形が整ったら、全体の形も整えます。

【彫刻3 匙の内側を彫る】
匙の内側は丸スクイがあると便利です。
荒彫りは木の目に対して横方向に。
仕上げは縦方向に刃を入れるとスムーズです。


内ぐり範囲を下書きします。


カトラリー細工のみ・丸スクイは内ぐり部分にぴったりフィット。
凹みのRに合わせて彫刻刀の丸スクイなどを使い分けましょう。


荒彫りは横方向に、仕上げは縦方向に薄く彫るときれいに出来ます。
底の部分が木の目の方向の境目なのでガサガサになりやすいです。
薄く薄く削って、きれいに仕上げましょう!

【仕上げ 紙やすりがけor彫刻刀で仕上げ】
紙やすりをかけて仕上げます。
粗目からかけていくと滑らかに仕上がります。
#80→#150→#400の粗さでかけました。


やすりをかけたら木の粉をふき取っておきましょう。


「自分は彫り跡が好きだ!」という方はやすりを使わず
彫刻刀でコツコツ仕上げましょう。

 

【ニス塗り】
塗装仕上げは様々な方法がありますがそれぞれに一長一短があります。
よく蜜蝋を塗るというのを聞きますが、熱で溶けるので
繰り返しの使用で剥がれてしまうため塗りなおしが必要です。
今回は人体への影響も少なく、耐久性もまあまあのセラックニスで仕上げます。
セラックは乾燥が遅いので、気長に何度も塗っていい味にします。

【完成】

ということで。。。

完成ました!

1本出来たら今度は頭の大きさや柄の長さを変えて
さまざまなスプーンづくりをしてみましょう。
スプーンになれたらちょっと難しいフォークにも挑戦してみましょう。

ご自分で作った食器で、ご自宅の食卓に彩を!
是非カトラリー制作を楽しんでみてください。

この記事で使用した彫刻刀・道具のまとめ
カービングナイフ
カトラリー細工のみ丸スクイ12mm
平刀(ハイス)
印刀(ハイス)
丸スクイ(ハイス)
カービー彫刻刀
細工鋸
ケブラー彫刻手袋
作業台

カトラリー制作用道具のページはこちらです→ 


刃表の境界線のお話

2017-11-10

こんにちは、道刃物工業の営業・キカイです。

研ぎ実演会を行っているよく聞くのが
刃表に見られる境界線のお話です。
刃表を見ると、刃先の方に境界線があり
そこからもう一段研いである、
かのように見える方がどうも多いようですが

違います。

下図をご覧ください。
これは刃を横から見た図ですが
×の方で認識されている方が結構いらっしゃいます。

そのため、刃研ぎの際に砥石や研ぎ機に対して刃を立ててしまい
研ぎ角を鈍角にしてしまっているパターンが多いようです。

この線は鋼と地金の境界なだけで、素材の色の違いで出る線です。
つまり、あくまでも刃表は「一面」で研いであります。
丸刀は曲面ではありますが、断面で見れば上図のようにまっすぐです。

ミニハイスケアーでも上手く研げない、という方は上記を意識して
またトライしてみてください。

以上です!

 


木版画年賀状を作りました

2015-12-9
こんにちは、道刃物工業の営業・キカイです。
めっきり寒くなりましたね!
みなさまお元気にお過ごしでしょうか。
12月毎年恒例行事となっている
道刃物手作り年賀状制作。
会長からその担当を引き継ぎ
私キカイが作るのが、もう早いもので6回目となります。
来年は申年。そして私も申年。
そうです年男です。
そんなこともあり、これまで以上に思いを込めて
年賀状制作に取り掛かりました。
完成品はまだお見せできないので
過程だけお伝えいたします。
これまでの木版画年賀状はかわいい感じになっていたので
今回はちょっとリアル路線でいってみました。

猿版画1 
画像で印刀使ってますが、毛並が多かったので
ほとんど三角刀で彫りました。
印刀でやるより勢いが出ます。

猿版画2
2版彫り終わったところ。
しかし顔の線と毛の骨版と、顔面の色版に2版で行くつもりが
途中で毛を2色でやりたいなーと思い出してしまい
結局この後もう1版増え3版に。
摺る回数は増えますが、同じ版で色が重なっちゃうと
摺る時大変なので、版増やした方が賢明ですね。
なんせ摺る枚数が枚数なので。。。
猿版画3
奥にあるのが2版摺ったところです。
弱い色から摺っていき、最後に手前にある
黒に近い茶色を重ねます。
絵具に対して同じ体積くらいの糊をまぜ
水は絵の具と糊の合計と同じくらいの量かな。。。
いつも目分量なので大体ですが。
摺ってみてカサカサになるのは水が少ないので水を足します。
ビチャビチャになるのは版に水分が多すぎるからなので
若干湿ったハケで、それをうまいこと調整します。
まー、枚数摺っていくとなんとなくわかってきます!(笑)
猿版画4
摺った枚数100枚!
摺りだけでトータル4時間ほどかかりました。
版数×枚数で摺り回数300回。
軽い修行ですね(笑)
今年は各イベントで木版画実演をよくやったためか
版面調整も慣れたもので、大失敗というのは出ませんでした。
慣れれば慣れるほど楽しくなる木版画。
みなさんも是非木版画年賀状にチャレンジしてみて下さい!